ドローンが数十分、あるいは数時間にわたって飛び続けることができれば、橋梁点検や災害対応、物流のあり方は大きく変わるかもしれません。現在、その実現を妨げる大きな課題の一つが「飛行時間」です。I-PEXは、この課題を解決するため、不織布をメタライズした集電体「三次元不織布集電体(Advanced Conductive Mesh)」を開発しました。
本稿では、その先にある未来と、それを実現する技術についてご紹介します。
長時間飛行が切り開くドローンの未来
ドローンの飛行時間が数分延びることは、単なる性能向上にとどまりません。作業者が橋梁や災害現場など危険な場所へ立ち入らずに済むことや、これまで届かなかった山間部や被災地へ物資を届けられることにつながります。
私たちが開発する三次元不織布集電体は、ドローンの進化を支えるだけでなく、インフラ保全や災害対応、物流のあり方を支える基盤技術となる可能性を秘めています。
実際にドローンで飛行検証を行った結果、市販のリチウムイオン電池が8分51秒だったのに対し、三次元不織布集電体を用いた電池は16分20秒と、約2倍のホバリング時間を達成しました。
この可能性を支えているのが、電池の性能を引き出す「集電体」という、普段目にすることの少ない部材です。
高容量な電池の性能を引き出す「集電体」
ドローンに使用されるリチウムイオン二次電池は、正極材と負極材の間を電解液中のリチウムイオンが移動することで充放電を行います。この活物質を塗工する薄い金属箔(正極はアルミ箔、負極は銅箔)が「集電体」であり、活物質を支持しながら電子を集めて負極から正極へ効率よく流す役割を担っています。
三次元不織布集電体|平らな箔から立体的な不織布へ。電池内部の構造を変える発想
電池の性能向上のカギを握る負極材
電池の連続使用時間を左右するのが負極材の理論容量(材質が理論上蓄えられる電池容量)です。黒鉛の理論容量は372mAh/gに対し、シリコンは4,200mAh/gと10倍以上大きいものの、充放電時に体積が最大4倍も変化するため、支持体である銅箔が剥離し電気的な接続が失われるという課題がありました。
シリコンの体積変化に追従できる三次元不織布集電体
その課題を解決するために開発したのが「三次元不織布集電体(Advanced Conductive Mesh)」です。不織布とはマスクなどに使用されるPET(ポリエチレンテレフタレート)やPBT(ポリブチレンテレフタレート)を原料とした立体構造の布です。そこに銅やアルミニウムをメタライゼーション(めっき)することによって導電性を付与しています。
この集電体の特長は、シリコンのように膨張収縮を繰り返す活物質でも剥離することなく電気的接続を維持できる点です。活物質を繊維同士の隙間に保持できるため、不織布の柔軟性が体積変化に追従できるのです。評価会社に依頼した寿命試験(充放電回数評価)では、銅箔と比較して5倍以上長い結果を示しています。
さらに銅めっきの上に「CNT複合銅めっき」を施したタイプもあります。CNTとはカーボンナノチューブのことで、導電性の向上や耐屈曲性に寄与する材料です。
期待できる軽量化と導電性向上
三次元不織布集電体は不織布を使用しているため、単体では厚くなります。しかし、銅箔の両面に黒鉛をつけた従来の負極材+集電体と、活物質を繊維組織内に含んだ三次元不織布集電体の総厚は同程度です。重量は約半分であるため、ドローンなど重量の制約が大きい用途では有利になります。また、銅箔に匹敵する導電性が確認されており、導電性向上に寄与しています。
当社はもともと、金属端子を用いたコネクタの製造実績が豊富にあります。これまで培ってきたコネクタのめっき技術があり、開発・実験のリソースも十分にあったため開発に活用しました。開発には数年かかりましたが、めっきの製造部門出身のプロジェクトメンバーの努力により、2025年にはサンプル品の製作に成功しています。
こうした技術に対し、市場からも高い関心が寄せられています。
実際、展示会では、「シリコン負極の剥離や劣化を改善したい」「活物質を厚く塗って電池容量を向上させたいが、導電性が悪くなる」といった課題を抱えるお客様から多くの相談が寄せられています。
三次元不織布集電体は、こうした次世代電池の開発現場で生じる課題の解決に貢献できる可能性を持っています。
実証実験で確かめた三次元不織布集電体の実力
ホバリング時間と飛行時間による比較
開発段階において一対の正極・負極(単層セル)の評価や、銅箔と比較した充放電回数の評価も行っていました。しかし、実際の使用環境での検証をしていませんでした。そこで市販のリチウムイオン電池と比較しながら、ホバリング時間と屋内での飛行時間の評価を行いました。
前者は離陸してその場でホバリングをするものです。結果は市販電池が8分51秒だったのに対し、三次元不織布集電体を用いた電池は16分20秒と約2倍の連続飛行時間を達成しました。後者は屋内に作製したコースを周回飛行するもので、市販電池の9分27秒に対して18分41秒と、こちらも約2倍の飛行時間となりました。ホバリング時間より飛行時間が長くなっていますが、その理由として飛行には下降など比較的エネルギーを必要としない動作が含まれるものと考えます。
| 電池パック | シリコン負極電池パック | 市販電池パック |
|---|---|---|
| セル数 | 3 | 3 |
| 容量 | 1800mAh | 1000mAh |
| 電圧 | 11.1V | 11.1V |
| 重量 | 72.6g | 72.7g |
| ホバリング時間 | 16分20秒 | 8分51秒 |
| 飛行時間 | 18分41秒 | 9分27秒 |
結果に満足せず続ける改善
今回の実証実験を通して、これまで開発・評価してきたアドバンテージが、実際のドローンの飛行でも発揮されることを確認できました。しかし、今回の実証実験はいずれも屋内で行いました。今後は屋外の厳しい環境(風雨、高気温・低気温など)においても実験を進めていく必要があります。
今回の優位性は、シリコン負極材と三次元不織布集電体の両方の効果により得られたものです。今後は、従来の集電体(銅箔)と三次元不織布集電体の導電性の差など、集電体単体での優位性も追求・向上させていく必要があります。
今回の実証実験では、うるたま株式会社様に電池パックの製作や、ホバリングテストの会場の手配などについてご協力をいただきました。今後も三次元不織布集電体を使用した電池のリサイクル特性、安全性、量産性の検証を同社のご協力のもと進めていきます。
うるたま株式会社について
うるたま株式会社は、二次電池開発/製造過程で技術障壁となる様々な課題を解決する“独自の要素技術”を発掘し、次世代電池の市場化につながる研究開発を行っています。また、その研究過程で得られた経験を基に、既に多くの関連会社と電池技術に関する共同研究/委託研究を進めています。
ドローンの飛行時間は現場で何を変えるのか?
飛行時間による制約を解消する
ドローンにはさまざまなサイズがありますが、開発時に私たちがターゲットとして想定したのが「マイクロドローン」です。このタイプのドローンはインフラ点検や現場の状況確認(撮影)に使用されますが、飛行可能時間は約10分です。
仮に往復に5分かかるとすると、作業ができる正味の時間は5分しかありません。分けて行うことのできる作業なら複数回の飛行で賄えます。しかし「下水管のあるポイントの様子を撮影したい」など戻ってくることのできない作業の場合は、飛行時間を伸ばす以外に方法がありません。
危険な作業をドローンに委ねる
ドローンに作業を行わせるというニーズは、単なる効率化や省力化ではありません。橋梁(高所)や転落・滑落の危険のある場所、災害現場や爆発の危険性のある場所など危険な場所での作業にドローンを活用できます。
特に災害現場では緊急性を要する場合も多いです。実際、令和8年熊本地震の現場や、福島第一原子力発電所の廃炉作業でもドローンが活用されています。
電池の進化が広げるドローンの未来
電池容量の拡大による飛行時間の延長
電池の連続使用時間の長さも、ドローンの飛行時間を左右する重要な性能の一つです。これには電池のエネルギー密度が関係しています。エネルギー密度とは、同じ体積や重量あたりに蓄えられる電池容量の大きさを示す指標で、電池の方式や活物質によって異なります。今回私たちは、シリコンを負極の活物質として用いることを想定し、三次元不織布集電体を開発しました。
現状ではマイクロドローンをターゲットと想定していますが、その先にはさまざまなドローンに展開できると思っています。例えば、市街地から山間部への物資輸送を行う物流用ドローンの連続使用時間が伸びれば、より遠くへの配達が可能となります。農薬散布のためのドローンに適用すれば、より広大な農地への散布が可能になったり、飛行回数を減らしたりすることも可能です。
また、ドローンショーなどのエンターテインメント分野においても、飛行時間の延長は演出の幅を広げる可能性があります。空に舞う無数のドローンが人々を魅了する「ドローンショー」では、より長いショープログラムを組めるようになったり、より規模の大きなショーを実演できたりします。
私たちは、この技術がドローンの性能向上だけでなく、人が危険な場所へ立ち入らなくてもよい社会の実現につながると考えています。
見えない電池部材から社会の移動と安全を変えていく
目に見えない一枚の「集電体」が生み出す数分の違いは、ドローンが立ち入れる場所や運べるものの範囲を大きく広げます。橋梁の点検や災害対応の現場では人が踏み込まずに済む安全性につながり、山間部や被災地への物資輸送では、これまで届かなかった距離をつなぎます。
三次元不織布集電体が支えるのはドローンだけではありません。EVの軽量化や人工衛星、エンターテインメントの舞台まで、電池の性能向上を必要とするあらゆる領域にその可能性は広がっています。
目に見えない部材の進化が、移動と安全のあり方を静かに、しかし確実に変えていきます。
I-PEXは、今後もお客様やパートナー企業の皆様とともに性能向上に取り組みながら、新たな可能性を追求していきます。電池や集電体に関する課題をお持ちの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。